大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1501号 判決 1969年4月24日
控訴人
南勝
代理人
松岡滋夫
被控訴人
神和信用金庫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一事実関係
(一) 請求の原因となつている事実関係
(1) 当事者間に争いがない事実
控訴人が神戸地方裁判所に対し、正木裁断所を被申請人とし、本件手形(別紙第一目録記録の正木裁断所引受けにかかる訴外森朝信振出しの為替手形、額面一六万円、満期昭和四〇年九月一〇日)の手形債権を被保全権利とし、正木裁断所が被控訴金庫に対して有する(正木裁断所引受けにかかる前記為替手形の不渡りにより正木裁断所が取引停止処分を受けることを回避するために、被控訴金庫に異議申立をして貰うべく、正木裁断所が被控訴金庫にみぎ満期の直後に寄託した)寄託金返還請求債権(本件債権)の仮差押を申請し、昭和四〇年一〇月二三日同裁判所においてみぎ仮差押命令の決定があり、同月二六日みぎ仮差押命令がみぎ仮差押の第三債務者(被差押債権の債務者)である被控訴金庫に送達されたこと、控訴人は同裁判所に対し正木裁断所を債務者、被控訴金庫を第三債務者として、原告を控訴人、被告を正木裁断所とした同裁判所昭和四一年(ワ)第一号為替手形金請求事件(前記為替手形金の支払いを求めたもの)の仮執行宣言付き控訴人勝訴の判決の執行力ある正本に基づいて本件債権の差押および転付命令を申請したところ、同裁判所はみぎ申請にかかる各命令を発し、みぎ各命令(同裁判所昭和四一年(ル)第三二五号、(ヲ)第三三〇号)は昭和四二年二月二七日正木裁断所に、同月二三日被控訴金庫にそれぞれ送達されたこと、ならびに、正木裁断所が本件手形とは別口の手形について不渡処分を出し、その結果取引停止処分が発表され、本件異議申立提供金が返還されるべきものであることは、当事者間に争いがなく、本件手形の満期後程ない昭和四〇年九月一三日頃、正木裁断所が被控訴金庫に対し、本件手形の不渡りにより正木裁断所が支払停止処分を受けることを免れるために、みぎ為替手形の額面に相当する金一六万円を寄託し、その頃、被控訴金庫が手形交換所に同額の異議申立提供金を提供して、正木裁断所が取引停止処分にせられることに対し異議申立てをしたことは、弁論の全趣旨に徴し成立が認められる乙第二号証の四の一と弁論の全趣旨によつて認める。
(2) 当事者間に争いのある事実についての認定
原告を控訴人、被告を正木裁断所とする神戸地方裁判所昭和四一年(ワ)第一号為替手形請求事件について昭和四二年一月二三日判決が言渡され、その主文は「被告(正木裁断所)は原告(控訴人)に対し金一六万円およびこれに対する昭和四一年三月三〇日から完済まで年六分の金員を支払え。」との仮執行宣言付きの原告(控訴人)勝訴判決であつたことは成立に争いがない甲第一号証によつて認める。
(二) 被控訴金庫の抗弁事由となつている事実関係
正木裁断所が被控訴金庫との間に昭和三七年八月一一日付で取引約定を締結し取引約定書(乙第三号証)を差し入れたこと、ならびに、みぎ取引約定書をもつて正木裁断所は被控訴金庫に対し、正木裁断所が契約の履行を怠りまたは被控訴金庫が契約の履行が困難になる虞れがあると認めた場合には、被控訴金庫において期限が到来したものとして適宜の処置をとつても正木裁断所は異議がなく(取引約定書七条一項)、その場台には、正木裁断所の被控訴金庫に対する預金その他の債権があるときは、即時これもまた担保に供したものとし且つ弁済期が到来したものとし、正木裁断所に対する通知をせず、手形等について呈示または交付をせずして、正木裁断所の被控訴金庫に対する債務と差し引かれても正木裁断所は異議がなく(同八条)、正木裁断所関係の手形で引受拒絶または不渡り等があつた場合には、拒絶証書作成、償還請求の通知その他の手続がなくても正木裁断所が決済の責任を負う(同一一条一項)旨を約定したことは、成立に争いがない乙第三号証によつて認められる。
また、<証拠>を総台すると、被控訴金庫が正木裁断所に対して訴外家田敬次振出、正木裁断所裏書にかかる額面金三〇万一、六〇〇円、満期昭和四〇年一〇月二五日の約束手形一通を割引して同手形を取得し、みぎ満期日にみぎ手形を手形交換所に交換に出して支払場所に呈示したが、みぎ支払場所である七福相互銀行大橋支店から解約後との理由で支払拒絶があり、翌二六日みぎ手形は被控訴金庫に返還され、その頃、正木裁断所はみぎ手形の買戻しの履行をしなかつたので、昭和四〇年一〇月二九日被控訴金庫は正木裁断所に対して、被控訴金庫の正木裁断所に対する前記手形買戻請求債権のうちの金一六万円を自働債権とし、本件債権を受働債権として、対当額について相殺する旨の意思表示をした内容証明郵便を発送し、その頃みぎ郵便は正木裁断所に到達したこと、ならびに昭和四〇年一〇月二五日被控訴金庫は訴外株式会社神戸銀行板宿支店ほか数ケ所の市中銀行から手形交換所を通じて正木裁断所振出しにかかる別紙第二目録記載の約束手形または引受けにかかる為替手形数通(いずれも支払場所が被控訴金庫大橋支店のもの)の呈示を受けたが、解約後を理由にいずれも不渡になり、同月三〇日正木裁断所は取引停止処分を受け、被控訴金庫は前記一六万円の異議申立提供金について同月二八日神戸手形交換所に返還請求書を提出し、翌二九日みぎ金員の返還を受けたことを認めることができる。
二仮差押、差押および転付命令の効力ならびに相殺の効力
(一) 手形不渡による取引停止処分回避のために支払義務者が、支払銀行に寄託する寄託金の返還請求権の性質、ならびにこれに対する仮差押および転付命令の効力
手形について不渡届があつた場合に、その手形の支払義務者を取引停止処分から免れさせるために手形交換所に対して異議申立をすることができるのは不渡手形の支払銀行であつて、手形上の支払義務者自身は手形交換所に対する異議申立権はもちろん支払銀行に対して異議申立を請求する権利も持つていない。すなわち、支払銀行は独自の権限に基づいて手形の不渡りが支払義務者の信用に関しないものであるかどうかを判断し、信用に対しないものと判断したときには、自分の本来の業務に付随する業務として、手形交換所に対して異議申立提供金を提供するもので、これは支払義務者の委任に基づいて委任事務の処理として自分の名義でみぎ異議申立をしたり、支払義務者の寄託金が手形交換所に提供されるのを取り次いだりするのではない。すなわち、手形上の支払義務者の支払銀行に対する手形金額相当額の金員の預託は、支払銀行に対し支払義務者自身の事務の代行を委任し、みぎ委任事務の履行に要する費用の前渡をするのではない。もつとも、事実上は、支払義務者が不渡届により取引停止処分を受けることを免れるために支払銀行に預託する金員を、支払銀行は異議申立提供金として交換所に提出する金員の資金とするから、支払義務者から支払銀行に対して現男にみぎ金員の預託がなされなければ支払銀行は手形交換所に異議申立提供金を提供して異議申立をすることをしないのが通常であるけれども、それはあくまでも事実上の関係にすぎず、法律上は、支払義務者がみぎ金員を支払銀行に預託すれば、支払義務者は支払銀行に対して同額の預託金返還請求債権を取得し、支払銀行が異議申立提供金として手形交換所に提供すれば、支払銀行は交換所に対し同額の寄託金返還請求債権を取得することになる関係にあるのであつて、支払義務者の支払銀行に対する金員の預託も、支払銀行の交換所に対する異議申立提供金の提供も、ともに、その両当事者間限りのある種の消費寄託であると解するのが相当である。
みぎ両費寄託関係にあつては、手形不渡による支払義務に対する取引停止処分の回避と云う特殊な目的のために契約が締結されるのであるから、みぎ目的の達成のために寄託関係を維持継続することが必要な限り、当事者が寄託金の受領または返還を請求して寄託関係を終了させたり、合意により寄託関係を終了させたりすることに適しない関係にあり、普通一般の消費寄託とはこの点で法律上の性質を異にするが、手形債務者と支払銀行との間の寄託関係のみについて同関係の当事者(銀行と手形債務者)間で寄託関係の終了について特約をしても妨げないのであつて、このような特約は当事者間では有効であり、この特約の発効により寄託関係が終了すれば寄託金債権について弁済期が到来すると解するのが相当である。
前認定の事実関係によれば、正木裁断所は本件手形の不渡りによる取引停止処分を免れるために被控訴金庫に金一六万円を預託したのであるから、みぎ一六万円の寄託関係は前記のような特殊な消費寄託であつて、被控訴金庫がこれに対して第三者に対抗できる担保権を有する旨の主張もないから、普通一般の金銭消費寄託金の返還請求権に対する場合と同様に、みぎ寄託金返還請求権に対して仮差押、差押および転付命令の対象とすることは妨げない。
したがつて、控訴人の申請に基づく本件債権の仮差押、差押および転付命令の各執行は、特段の事由がなければ、いずれも有効であつて、仮差押命令の執行により本件債権について支払い差止めの効果を生ずるのは、第三債務者である被控訴金庫にみぎ命令の送達された日に当る昭和四〇年一〇月二六日であり(民訴法七四八条、五九八条三項)、また、差押および転付命令の執行の効果は、同命令が正木裁断所および被控訴金庫の双方に送達された昭和四二年二月二七日に生ずるわけである。
(二) 被控訴金庫主張の相殺をすることができるかどうかについて
前認定の事実関係によれば、被控訴金庫主張の相殺の自働債権すなわち被控訴金庫の正木裁断所に対する被控訴金庫主張の金三〇万一、六〇〇円の不渡手形の買戻請求権の成立の日および弁済期限は昭和四〇年一〇月二五日であつて、(前掲取引約定書一一条一項参照)、正木裁断所の被控訴金庫に対する本件債権に対して控訴人がした仮差押の効力が発生した日の一日前であつたわけである。
また、被控訴金庫主張の相殺の受働債権である本件債権の弁済期は、本来ならば異議申立提供金がその目的を喪失したとして被控訴金庫が手形交換所から提供金の返還を受けた昭和四〇年一〇月二九日に到来する性質のものであるが、前記取引約定書一一条および八条により、正木裁断所裏書にかかる三〇万一、六〇〇円の約束手形が不渡りになつた同月二五日到来したものと認められる。けだし、みぎ約定書一一条の効果として、正木裁断所裏書手形の不渡りにより正木裁断所は直らに手形金を支払うべき義務を負うことになり、その支払いを了したことについて主張のない本件では、本件債権は、みぎ約定書七条一項、八条にいわゆるその他の債権として弁済期が到来したことになるからである。
債権の差押があつた場合にも、みぎ差押によつて支払いの差止めを受けた第三債務者は、みぎ差押の効力発生前に取得した反対債権(自働債権)をもつて、みぎ自働債権の弁済期が差押を受けた債権(受働債権)の弁済期より前であるときにかぎり、自働債権の弁済期が差押の効力発生の時より前であると後であるとにかかわらず、差押の効力発生後においてみぎ受働債権と相殺することができ、且つこの相殺をもつて差押債権者に対抗することができるけれども、みぎ自働債権の弁済期が差押の効力発生後であつて、しかも受働債権の弁済期より後であるときは、差押の効力発生後における両債権の相殺をもつて差押債権者に対抗することができない(最高裁判所大法廷昭和三九年一二月二三日判決民集一八巻一〇号二二一七頁参照)。
本件の場合には、すでに述べたように、被控訴金庫はその主張する相殺の自働債権を本件仮差押の効力発生の日より前である昭和四〇年一〇月二五日に取得し、かつ右自働債権の弁済期も債権の取得と同時に到来したのであるから、被控訴金庫は、本件債権の仮差押をしてその後において同債権の差押および転付命令の執行をした控訴人に対し、相殺をもつて対抗することができる筋合である。
(三) 相殺の意思表示および相殺の効果の発生について
前認定の事実関係によれば、本件相殺の意思表示は、自働債権の弁済期(昭和四〇年一〇月二五日)および受働債権の弁済期(前記取引約定書の特約により昭和四〇年一〇月二五日に到来したことは前記のとおりである。)後である同月二九日被控訴金庫から正木裁断所に対してされたのであるから、右両債権は相殺適状に達した同月二五日に遡つて対当額について消滅したわけである。
もつとも、本件の場合には、前述のように、相殺の意思表示は受働債権に対する控訴人の仮差押の効力がすでに発生した(昭和四〇年一〇月二六日)後、受働債権に対する控訴人の差押および転付命令が発効する(昭和四二年二月二七日)より前に、被控訴金庫から正木裁断所に対してなされたわけであるが、被控訴金庫の右相殺をもつて控訴人に対抗することができることはすでに説明したとおりであるから、被控訴金庫は本件の自働債権および受働債権の相殺による消滅をもつて仮差押債権者である控訴人に対抗することができ、右消滅後になされた控訴人の右受働債権に対する差押および転付命令の執行は効力を生ずる余地がなかつたわけである。
(四) 控訴人主張の再抗弁について<省略>
三結論
原判決は結論において右当裁判所の判断と同旨であるから相当であつて、本件控訴は失当として棄却すべきである。
よつて民訴法三八四条、八九条を適用し主文のとおり判決する。(三上修 長瀬清澄 古崎慶長)
第一目録
一、為替手形
(一) 金額 一六万円
(二) 支払期日 昭和四〇年九月一〇日
(三) 支払地振出地 神戸市
(四) 支払場所 被控訴金庫大橋支店
(五) 振出日 昭和四〇年八月一〇日
(六) 振出人 森朝信
(七) 引受人 有限会社正木裁断所
二、債権
金十六万円
ただし、正木裁断所が被控訴金庫に対し一の為替手形の不渡処分回避のために寄託した寄託金返還請求債権。
第二目録
不渡処分を受けた正木裁断所引受または振出にかかる別口各手形<省略>